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退院してからのこと [妊娠後期]

 厳しい寒さが続いています。いかがお過ごしでしょうか。
 お陰さまで妊娠37週を迎え、安静生活が解除になりました[わーい(嬉しい顔)]

 30週に切迫早産で入院した時に助産師さんに言われていたのは、なんとか32週まで頑張ってください、ということ。赤ちゃんの肺が出来あがるのが32週末で、呼吸器系疾患になるリスクがグンと下がるから。その次は34週。肺に水分がいきわたるようになり、赤ちゃんが自力で呼吸できるようになるから。そして36週末になれば他の臓器も十分成熟するので、赤ちゃんがお外でもちゃんと生きていける状態になります、と。
 目標を一つ一つ乗り越えていって、やっと37週までくることができました…(T_T)。感慨深いです。1週1週乗り越えるのが本当に大変だった。。。

 もう一つお陰さまで、胎盤の位置が上がって「下からの分娩」が可能になりました[わーい(嬉しい顔)]。入院中の診察時から胎盤が上がってきている、と言われていて、退院時の診察では子宮口から2cmの位置まで上がっていました。
 その後、退院してからの診察では、見える範囲にない、と言われ、子宮口からの必要な距離(2.5cm以上と言われています)よりは上にあるようだ、と言われています。

 ただ、普通より低いことに変わりはないので、分娩の初期に大量出血が起こる、とか、少しでも異常があったらすぐに帝王切開に切り替えます、とのこと…。

 普通分娩が可能になったら転院前の病院に戻れるよう分娩予約を残していたのですが、大量出血になった場合、輸血用血液は大学病院の方が多く確保しているはずだから、ウチで出産してください、と言われました。
 なので、元の病院の分娩予約はキャンセルしています。残念は残念ですけど…。
 でも、切迫早産での入院生活を通して、「不測の事態」というのを身近に感じたし、万が一そうなった場合でも、この病院なら十分対応してもらえそう、という信頼感があったので、私の方としても、胎盤が上がっても上がらなくても大学病院での出産をお願いしようと考えていました。

 ということで、大学病院で普通分娩にチャレンジ、と方針が決まったところです[るんるん]

 

【安静生活】

 入院時も含めると、1か月半もほとんど寝たきりの生活をしていました。
 
 退院する時に条件にされていたのは、基本的に病院と同様の生活をすること。
 トイレと洗面以外は横になっていること、家事はしない、階段は極力使わない、バス・電車を使うような外出はしない。湯船の入浴はしてもいいけど熱い湯・長湯を避ける、という生活です。

 幸い、旦那さんが休みの日は旦那さんが家事をしてくれ、平日は旦那さんのご両親が交代で泊まりに来て家事をしてくれたので、安静生活を続けることができました。

 自宅での安静生活もそれなりに辛くて、したいことができないジレンマとか、誰かに頼まないと何もできないフラストレーションとか、 積もり積もって、私だって好きでこんな生活してんじゃないのよー[ちっ(怒った顔)]、と爆発を起こしたこともしばしばありました…。

 自分の欲求を満たすことが今の私の大事じゃない、と自分に言い聞かせていました。赤ちゃんにお腹の中にいてもらうことが大事なことだから、と…。

 同時に思ったのは、赤ちゃんはしてもらいたいことがあっても言葉で伝えることができない、ということ。私は動けなくともしてほしいことを口で伝えられるけど、赤ちゃんはそれができない。それってなんて不都合なことだろう、と思いました。胎内の環境とお外の環境は全然違くて、慣れないこと、不快なことだらけだろうと思うのに、訴える術が泣くことしかないなんて。
 多分、なんで泣いているのか分からないよ~[あせあせ(飛び散る汗)]、って私も絶対なると思うんだけど、不自由な身を多少経験したからには、赤ちゃんの欲求がなんなのか考えて、満たせてあげられるように心がけたいな、と思いました…。
 

 安静期間中にしていたことは、主に赤ちゃん用品のチェックと名付けを考えることでした。特に入院中は腐るほど時間があったので、病院にあるレンタル用品のカタログを看護師さんに頼んで持ってきてもらい、かたっぱしから眺めてチェックしていました。名づけも、早く生まれるかもしれない、と思った時から名づけ本などを読んでいたのですが、ピンとくる名前が一つもなかったのです[あせあせ(飛び散る汗)]。入院中に赤ちゃんと向き合う時間がとれて、じっくり考えることができたように思います。

 お腹の張りが強い時には完全に横になっている姿勢じゃないと辛くて、そんな時は音楽を聴くことくらいしかできませんでした。本も軽い文庫本のようなものじゃないと持っていられなくなるのです。
 退院して、旦那さんが私の代理でスマホをゲットしてくれてからは、完全に横になっている姿勢でも色々なことが出来るようになって大分楽になりました[わーい(嬉しい顔)]。 良い時代になったものです。。。

 晴れて安静がとけて、体力をつけるために動いてください、と言われているのですが、一番お腹が大きくなっていく時期を寝て過ごしていたので、私の骨盤?やら体力やらが「動く生活」に全然ついていけてません[ふらふら]。立ったり歩いたりすると腰が砕けそうなくらい痛くなってしまいます…。動く→腰が痛くなる→横になる→疲れてぐったり→寝る→起きる→動く→腰が痛くなる…、と、一日中これの繰り返し[もうやだ~(悲しい顔)]。まだ思うようには動けません。近所のスーパーへ買い物に行くにも、今はまだちょっとした冒険です。

 

【37週の健診で】

 36週を過ぎてから、健診の頻度が1週間に1回になりました。

 赤ちゃんは変わらず元気で、推定体重は既に2800gを超えています。週数的にも体重的にも、いつ生まれてもいい状態、とのこと[わーい(嬉しい顔)]

 内診で子宮口が1cm開いてきている、と言われました。赤ちゃんも骨盤の中におりてきているそうです。確かに胎動を感じる場所が変わってきていて、今までは横隔膜とか肋骨のあたりを蹴り蹴りされていたのが、今は胃の下の方とか、おへそ近辺を蹴り蹴り・ぐに~っとされるのです。
 ちなみに、赤ちゃんが骨盤におりてくると胎動が少なくなる、と聞くのですが、うちの暴れん坊将軍はそんなことはなくて、あたしの体はサンドバックか[exclamation&question]、と思うほどにキック&パンチをくらわしてきます(特に夜…)。

 36週の時に妊娠後期の血液検査用の採血をしたのですが、内臓の機能や血液の凝固など特に異常はないそうです。

 輸血が必要になった場合の書類も目を通して署名を済ませてあり、担当の先生から旦那さんの立ち合いの許可書ももらい、赤ちゃんが生まれた後に必要な各種検査の申込書も準備をし、書類の上でも準備万端な感じです[手(グー)]。 

 


【出産目前…?】 

 もうそろそろ「その日」が近いのかなー、と思っている今日この頃です。
 妊娠してから約10カ月…。とても長く感じた時もあるけど、短かったような気もします。

 2011年を終わる時に感じたことは、「終わり」を大事にしていこう、ということです。
 2011年は私にとってたくさんの変化があった年で、一つ一つの変化に「終わり」があったと思っています。

 終わりを迎えるまでのことを振り返ってじっくり味わうこと、感謝の気持ちを持って終わりを迎えること、今までなかなかできずにいたことだったように思うのです。終わりに対して納得する気持ちを持つ、ということなのかもしれません。

 今も終わりの時期を迎えようとしています。
 お腹に赤ちゃんがいてくれることの終わり、夫婦二人だけの生活の終わり、自分のことばかり考えて気ままに生きてきた日々の終わり…。それぞれに対してちゃんと向き合って、満足して、新しく始まる赤ちゃんとの生活を迎えられたらいいなー、と思っています。

 とはいっても、普通分娩にチャレンジできる、となってからは特に、出産時の痛みってどんだけすごいんだ、とか、採血される自分の血をみるのも嫌な人なのに、出産時の大量出血に遭遇したらどうなってしまうんだ、とか、そんなことばかり考えてしまいます…[もうやだ~(悲しい顔)]

 おっ母になるんだから、どーんと構えてなきゃダメなのにね。痛みとか、不安・恐怖に飲み込まれない冷静な気持ちが必要なのかな~、と思っています。

 

 でも所詮、自分の思っている通り・計画している通りに、ことは進まないものだから。。。

 


 出産までの日を、大切に過ごしたいと思っています。

 

 暦の上での季節は春になっても、寒い日が続いてインフルエンザが流行っています。お体どうぞご自愛ください~[かわいい]


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