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出産のこと [出産後]

 季節はどんどん巡って、もう梅雨真っ盛りになっています。いかがお過ごしでしょうか。
 お陰さまで私と赤ちゃんは産後も無事に経過しておりまして、もうすぐ生後4カ月、ようやく育児に少しずつ慣れてきたところです[あせあせ(飛び散る汗)]

 大分間が空いてしまって今さらな感じもするのですが[たらーっ(汗)]、今回の出産について記録を残しておきます。



 出産の1週間前から、(おそらく)マタニティ・ブルーの前兆が出ていました。頭の中で想定した通りに物事を運びたがる私は、まったくシミュレートできない自分のお産に対して無意識に過剰な恐怖心を抱いていたと思うのです。

 図書館で偶然見つけた一冊の本で少し気持ちが切り替わりました。

いつもみてるよ。がんばってるの、しってるよ。

いつもみてるよ。がんばってるの、しってるよ。

  • 作者: 326(ナカムラミツル)
  • 出版社/メーカー: Think D出版
  • 発売日: 2006/02/09
  • メディア: 単行本

 赤ちゃんはお腹から出てくるのにすごく大変な思いをしているのに、それでも「ママがんばれ~」、って応援してくれているんだ…。びくびくしてられないな、と思ったのです。

 いつでもこいっ[exclamation][パンチ] という気持ちになった翌日の早朝、破水しました。すぐに病院へ電話し、ナプキンをあて入院グッズを持って、タクシーで旦那さんと病院へ。陣痛が起きておらず子宮口も1.5センチほど。でも完全破水しており、感染症の恐れがあるので、病棟に入院して陣痛が来るのを待つことになりました。

 通常、破水してから24時間、どんなに遅くても48時間以内には陣痛がくる、と言われ、明日・あさってには赤ちゃんと一緒なんだね~、なんてのんきに構えながら入院初日を過ごしていました。

 破水してちょうど24時間経過した頃に陣痛らしきお腹の張りと痛みがあり、朝7時のモニタ(NST)で再度確認できたら陣痛室行きになると思う、と言われました。しかし、モニタをつける頃には遠のいてしまい、陣痛室行きにはならず…。
 抗生物質の薬を飲んでいるし、羊水の色も変化はなく赤ちゃんは元気、と言われていたけれど、「大丈夫、そのうち出てくるさっ[るんるん]」と、どーんと構えることができませんでした。お外の世界とつながっている以上、赤ちゃんが感染症を起こす可能性は高く、なんとしても早く出してあげなければ、と焦って、気持ちに余裕をなくしていたのです。
 病棟の中をぐるぐる歩いたり、地下の売店から8階の病棟まで階段を昇ったり。消灯後にもベッドのわきでスクワットをしていました。

 そうこうしている内に48時間が経過。ちょこちょこと陣痛のような痛みが起きるのですが、遠のいてしまったり規則的ではなかったりして、結局陣痛室へ行くことはありませんでした…[ふらふら]
 当然来るはずの陣痛が来ない、というだけで、私の気持ちが乱れるには十分でした。しかも、じゃばじゃば流れていた羊水の量は減り、逆に出血の量が増えてきて、赤ちゃんが本当に無事なのかどうか心配で、気が気でなくなっていました。
 同じ病室にいる赤ちゃんの泣き声を聞くと、自分はこんな風に赤ちゃんと一緒に過ごすことは出来ないのかもしれない、と(得意の)マイナス思考が働いて、勝手に涙が流れてくるようなありさまで…[もうやだ~(悲しい顔)]

 陣痛促進剤を使わずまだ様子を見る、という方針を聞いた時、もう我慢が出来なくなってしまい、どうして赤ちゃんが元気なうちに促進剤を使わないんですか、と泣きながらごねてしまったのです。 
 結局方針変更となり、午後から陣痛促進剤の点滴を打つことになりました。ただし、私の場合お産が進まない原因の一つに産道が硬い、ということがあり(軟産道強靭症)、最初に産道を柔らかくする目的がメインの点滴をし、翌日の午前から通常の陣痛促進剤を使用する、と説明を受けました。

 点滴の針がささらないトラブルもあり、一本目の点滴が終わったのは夜22時頃。陣痛は多分起きないから病室へ戻るように言われたのですが、わがままを言って点滴を受けていた陣痛室でそのまま過ごさせてもらいました。

 日付が変わった頃から、起こらないと言われた陣痛が起き始め、ものすごい勢いのいきみが加わって呼吸法で逃すことができなくなりました。パニックに陥り、思わずナースコール。看護師さんに、とにかく息を長く吐くこと、長く吐けなくても小刻みでいいので息を吐き続けるように言われました。唇がかっさかさになるくらい息を吐いていたのですが、どうしても吐き切る前にお腹に力が入ってしまい、うまくいきみを逃すことができません。一旦自宅へ帰りそろそろ就寝したであろう旦那さんを再度病院へ呼び出し、お尻のあたりを押さえてもらってなんとかこらえることができるようになりました。

 子宮口の開きはいきみが加わってから4cm→8cmと順調に広がっていったのですが、9.5cmと言われたところでぱったり止まってしまいました。全開の10cmにならないと分娩台へは上れない、と言われ、いきみ逃しをひたすら何時間も続けるはめに…。息を吐くのに疲れて、いきみを逃すことが出来なくなっていました。私は聞き苦しい声を発するようになり、旦那さんも寝ながらお尻を押さえている状態。頼むから分娩台へのせてくれー[もうやだ~(悲しい顔)]、と心の中で叫びまくっていたのですが、朝になって夜勤の先生が診たところ子宮口は8cm、陣痛も規則的ではないと言われ、分娩台へはまだまだ上げられない、と言われてしまいました[もうやだ~(悲しい顔)]。結局、予定通り2本目の陣痛促進剤をうち、そのまま様子見になりました。

 点滴が始まったら終わるのに半日はかかるんだよなー…、もうこれ以上いきみを逃すのは無理っす…[もうやだ~(悲しい顔)]、と思ったのですが、すぐに分娩台へは上れないのだ、と諦めの気持ちもついて、少し冷静さを取り戻すことが出来たように思います。
 2本目の点滴が始まって陣痛が規則的になったせいか、頑張って息を吐く時間とリラックスする時間を交互に繰り返すことが出来るようになっていました。

 交代した日勤の先生に内診してもらうと、子宮口はまだ全開ではないけれど、分娩台でいきめば開きそう、と判断してくれ、午前9時過ぎに待ち焦がれた分娩台へ上れるようになりました。いきみを逃がすために何度か立ち止まりながら分娩台まで歩いているうちに、子宮口は全開になっていました。

 赤ちゃんの降りっぷりもすごくいいし、30分もいきめば出産になるでしょう、と言われ、私も実感としてそうだろうと思っていたのですが、どんなにいきんでも赤ちゃんが出てこない[ふらふら]。どうすればいいの[exclamation&question]と、またパニックになりそうだったのですが、陣痛の合間にリラックスすることを思い出し、意識してリラックスするようにしてみました。

 分娩台の周りにはいつの間にか色んなスタッフの人が集まっていて、その内の一人の方(実習生の教官の先生?)に 「重い荷物を持つように足を踏ん張ってー[exclamation]」と声をかけられ、その通りにしてみるとお産がぐんぐん進んでいきました。

 赤ちゃんの頭が出てきている頃に「もうすぐ出てくるから見ていてね」と、立ち合いで傍についてくれていた旦那さんに言われました。全力でいきむとどうしても目をつぶっていたのですが、そう言われて目を閉じずに脚の方を見るようにしていました。
 すると、赤ちゃんがにょろ~~~ん、とまるでダイビングするかのように脚の間から飛び出してきました。その瞬間を見た時、分娩の苦しみやら疲れやら、何もかもが全部ぶっとぶ思いがしたのです。

 生まれてすぐの赤ちゃんを一瞬抱かせてもらって、初めて語りかけた言葉は「頑張ったね[exclamation×2]」の一言でした。その後、「生まれてくれてありがとう」と言いながら、ポロポロ涙をこぼしていました…。

 赤ちゃんは計測と体の洗浄で別室へ行き、私も第二の分娩=胎盤さんの剥離と、会陰縫合の処理をしてもらっていました。先生に丁寧な仕事をしてもらったせいか特に痛みもなく、こちらのほうのトラブルは全くありませんでした。

 真っ白な肌着に包まれてピカピカの体になった赤ちゃんが分娩室に戻ってきて、分娩台の上で安静にしていた私の隣にやってきました。分娩室の窓からは、この日の快晴だった青空が見えて、そこから差し込む光で赤ちゃんの顔がピカピカ輝いているように見えた。あの時の満足げな赤ちゃんの表情、私は忘れることができません[ぴかぴか(新しい)]

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 分娩が終わったら号泣するのかな、と思っていたら、案外そんなことはなくて、こみ上げてくる幸福感に終始にこにこしっぱなしでした。このeuphoriaに浸りすぎると後が怖いんだよなー…、と思いつつも、止めることができなかった。分娩台の上で過ごしていた時間はあまりにも幸福なものでした。

分娩後3人の手.JPG

 わたしも旦那さんも、疲労困憊した出産だったけど、赤ちゃんに手を握ってもらっていた時、私と旦那さんと赤ちゃん、3人で成し遂げたんだな…、と実感できたのでした。

 

 その後、病室で休んでいた時に担当医の先生から聞かされたのですが、分娩後の胎盤をみたところ、通常胎盤の真ん中あたりから出ているへその緒が、胎盤の縁の方から出ていたというのです。圧迫による影響を受けやすく、酸素や栄養が届かなくなるリスクがあったのだそうです[がく~(落胆した顔)](後に調べたところ、分娩時に仮死状態で生まれてくる赤ちゃんもいるようです)。それにもかかわらず出産まで元気だったこと、胎盤の位置が上がったことと併せて、「とにかく、強運の持ち主[exclamation]」と言われました。

 へその緒の出てる位置って、分娩後じゃないと分からないものなんすか?(-_-;、と正直思ったのですが、確かにこの子は強運の持ち主なのかもしれない、と納得したのでした。

 出産後、新生児室へ面会に行った時、コットの上ですやすや寝ている赤ちゃんを見て、「無事に産まれてきてくれてありがとう…」、って、何度も何度も心の中で語りかけていました。

 

 出産の約2か月前、切迫早産で入院していた時は、廊下で赤ちゃんをのせたコットを押すママさん達とすれ違うたびに、私もこんな日を迎えることが出来るんだろうか、と不安に思っていた。今は誰もいない私がいた病室の前で、2か月前の自分に呼びかけていました。

大丈夫、あなたと赤ちゃんはちゃんと頑張れて、今一緒にいるからね…




 こうして40w0dという、予定日ぴったりの日に我が子は誕生しました。
 「思い通りになんていかない人生の始まりだよ」と、妊娠した時に思っていた。低置胎盤で転院、というあたりから想定外の連続で、まるで「お前の覚悟は本物なのだろうな[exclamation&question]」と、問いかけられているかのような妊娠・出産でした[あせあせ(飛び散る汗)]

 それと、今回のお産で痛感したのはリラックス」を忘れたら何もかもうまくいかなくなる、ということ。きっと私のこれまでの不調の数々はリラックスを忘れていたせいなのではないか、とさえ思ったのです。妊娠・出産したことで、これまでの自分の悪い癖も気付かされたように思います。

 想定外が続くのも、リラックスを忘れてしまうのも、実は産後の赤ちゃんと一緒の生活が真骨頂、ということを、私はその後知るわけなのですが。。。[ふらふら]  

 大変じゃない出産が一つもないように、大変じゃない産後もないんだろうなー、と思います。。。

 次回、出産後のことや近況を記録して、締めの記事を書きたいな―、と思っています…。
 (多分、また間があくことと思われます。。。[あせあせ(飛び散る汗)]


タグ:出産

無事に出産しました [出産後]

 まずはご報告が遅れていることをお詫び申し上げます。。。

 2月21日(40w0d)に男の赤ちゃん出産しました。
 お陰さまで帝王切開ではなく普通分娩で問題なく出産でき、母子手帳に記入された出血量も「少量」と、懸念していた大量出血は起こらず、母子ともに無事で退院することができました。

 赤ちゃんは3276グラムと、いつの間にそんなに育っていたの[exclamation&question]と思うほど大きく、他の赤ちゃんと並ぶと大きさがひと際目だっていました[あせあせ(飛び散る汗)]

 出産まで足掛け4日かかったそれなりの難産となり、体力の消耗が激しくてなかなか記事をアップできずにいました。
 今回は取り急ぎ出産のご報告まで…。
 出産の経緯などはまた追って(いつになるのかな~[たらーっ(汗)])アップしたいと思っています。。。

 ご心配、お祈り頂いた皆さま、本当にありがとうございました。
 心から感謝しています[ぴかぴか(新しい)] 


タグ:出産
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